駄文の遊び場

発達障害についてと書き殴り

先週の診察

α+71回目の診察


さあさあ、2週間ぶりの診察。

いつも同じ木曜日(昨日が祝日だったので今日は金曜日)の同じ時間帯に待合室に一緒になる人がいる。

苦手なタイプだ。

発達障害者と睨んでいるが、
発達障害者だから少々変わってても仕方がない」という態度を前面に押し出している印象を受ける。

太っていて呼吸音がうるさい。
今日は風邪を引いているのか知らないが周囲のことを考えずに体の奥深くから咳き込んでいる。
耳がキンとする。

あとフゥゥゥという吐息を頻繁に出すの苛つく。
席が空いていなかったので仕方がなく隣に座ったが、すぐに移動した。移動先でもフゥゥゥが聞こえるのマジで勘弁して欲しい…。

私が通うクリニックは、2人の医師と2つの診察室と2つの待合室がある。

しめたとばかりにもう一つの待合室で待つことにしたのだった。



診察では、
最近手に入れた本について、読んで良いものかどうか聞いてみた。

「おとなの発達症のための医療系支援ヒント」という本だが、丸善で発見して衝動買いしてしまった。

そもそも私のような難しい人間は、
まるまる「当事者」としての一個体として生きていくよりも、
支援者として、もう一人の自分を管理していく方が良いのではないかと思ったからだ。

また、
単純に、当事者向けの本は幼稚でつまらない。
何故そうなるのかが書かれていないし、ただ症状のみ、症例のみを紹介しては、こういう場合はこうした方がいいだの
面白くもないことばかり書かれている。


単純な答えを望んでいる人や、それで納得できる人は良いだろうが、
こちとら3年拗らせている。

もっと攻めた本が読みたいんだよな。
twitterでも書いてみたが、


発達障害の診断を受けながら悩んでいる当事者(一般就労者)の赤裸々な告白」

「医者から見た発達障害者、または発達障害という診断についての良い点や悪い点、更に診断方法や基準についてのアンケート」

「支援者から見てどんな発達障害者が嫌われるか」

発達障害者の行く末」


というような。



何だったら私が調査したいくらいだ。




話は変わるが、近ごろ耳がおかしいことに気が付いた。

人の声が耳元付近(あるいは1m~2m以内)で聞こえるのだが、
それくらいの位置に人はいないのだ。


「こんにちは」という声に振り向いても誰もいない。
犬が床を歩く音やドアをカリカリする音が聞こえるのに、ワンという声は別の方向から聞こえる。


耳鼻科に行った方が良いのだろうかとチリ毛に訊いたところ、
「幻聴なので精神科です」
と言われた。


そうかなあ?
確かに統合失調症などの陽性症状にも見受けられるけど、
「殺す」じゃなくて「こんにちは」なんだが…。

まあ、精神科医であるチリ毛からすると、疲れている時に聞こえるということだ。

生憎、そんなに頻繁に聞こえてはいない。せいぜい一か月に一度ほどである。



アトピー性皮膚炎なので、耳の中を綿棒でよく掻くから、そのせいでおかしくなっているような気がしないでもない。

70通目

はー


自分に疲れる日々よ


今日の主治医に捧げる手紙は70通目。



様々なことが駆け抜けた2週間だった。



大学時代の恩師がこの3月に退官する。

2つ目の大学では日本史を専攻していた。研究室には古代史・中世史・近世史・近代史と、4人の教授がいてそれぞれのゼミを持っていた。


私の代はやけに近世史に偏った代だった。

古代史と近世史で迷ったのだが、古代史の院生が苦手だったので近世史を選んだ。


14人いる同期のうち、古代史1人、中世史0人、近世史9人、近代史4人だったか。

書いていて思ったのだが、1つ目の大学のゼミでは少ないからという理由で教授を選んだのだった。今振り返ると中世史の研究をしてみても良かったかも知れない。



近世史と中世史の教授は5年ほど前に退官した。

この時、まだ卒業してからそんなに経ってないからなのか、同期は大体参加したものだった。


それが、近代史の教授では同期の参加は2名。私以外の参加者は引越し先の東日本からの参加だというのに、仕事を理由にしても何とも薄情なことだと思った。自宅に招かれて食事も頂いたことがあり、スキーにも連れて行って貰ったのに、その記憶はあっても感謝には中々繋がらないものなのだろうか。無論、立派な社会人は3月は忙しいのだろうが…。


そういう振る舞いが自分にはよく理解出来ない。




さて、グループLINEとやらでも、行かないという報告のみで教授に電報を打つだの、プレゼントを贈ろうだのといった発言も無い。


散々待ったが、焦れてしまって私が提案してお祝いメッセージ動画を作ることになった。


すると時を同じくして教授本人からスライドショーを作って欲しいとの依頼。


二本立てでムービーを作ることになった。



更に月末月初が被り、負担が掛かっているところへ、仲が良い発達障害者仲間から障害者手帳を見せられた。

そして

「自分は持ちたいと欲していないのに周りが親切にも取らせた」

あなたとは違うという。


私は手帳を持っていない。

そうやって持ちたくも無いのに持っていることが立派な発達障害者の証しとでも言うのだろうか。自慢なのだろうか。


と思ってしんどくなった。


私は何?



こうしてパニックになり自傷が始まるのだ。今は冷静だが、頭や太ももを殴り、手を噛み、太い声で死ね死ねと喚く。

親が震えて泣いている。


どうせ私より先にいなくなるんだろ、

だったら産むんじゃねえよ

死にたくてたまらない

逃げたい、

自分からは逃げられない、

死ぬしか無い


救急車を呼ばれそうになったが、自傷発作と理性は数十秒おきに現れる。こうして夜中に喚き散らしてドンドン音を立てるという近所迷惑な行為をしているのに、救急車なんて来たら本当にキチガイに見られてしまう。


動画を作らなければならないのに、睡眠薬を飲んで風呂に入って無理矢理寝た。



翌日、どこにはけ口を見つければ良いのか分からないまま、市の発達障害者支援センターなるものに電話をして相談したところ、サードオピニオンの結果が出るまで対処できないということだった。



ふむ。つまり、似非なワケだな。



会社でも互助会が、私のいるフロアで会議を行う。笑い声。気の遣えない感覚の持ち主どもが、仲良しクラブで盛り上がっている。



会社辞めたい。




そういう手紙の内容だった。


先生からは、

対処方法を少し教えて貰った。


忙しくなったら優先順位を書き出すこと。体調が悪くなりそうだったらエビリファイの頓服を飲むこと。人といたら余計に自傷が酷くなるので、1人になって落ち着くこと。


そりゃこれ以外教えてもらう事なんてないよな…。



受付当番をしていた保険福祉士さんに、どこか相談するところがないか訊いてみたところ、自傷があるなら医療機関しかないという。



でも、医療機関に来てこうして相談してるけど、普通のアドバイスしかしてくれないやーん?


普通の病気だったらどんなに良かっただろう。自傷なんて甘えた根性なしが生み出した愚行に過ぎない。




今日の診察

麻婆豆腐定食を食べたので腹がくちい。


それは置いといて今日の診察は中々良かった。


手紙69を携えて臨んだ本日。



代行にぶつかりそうになって転び、立ち上がろうとして更に転んだことに対しては


「何もないところでよく転ぶんですか?ADHDの特徴です」


いやいや!代行にぶつかりかけたからだから!

確かによく転ぶけど整形外科医的には足が上がってないからだから!


「この2週間、何にも無かったようで良かったです」


いやいやいや!互助会辞められなかったら退職を考えてるつってんだろー!


「えっ、そこまでですか」


そうだよ、会社も行けないくらい嫌だって手紙に書いてるだろ!


天然なのか、早く診察終わらせたいからなのかよく分からん。


「あなたがこの問題を大きくすると、色んな人を傷付けるからもう諦めなさい。それは皆、幸せにならない」


はあ?皆に傷付いて欲しいよ!私みたいに!

何で皆の幸せを考えて私が引かなきゃいけないの??

と返したら、またビョーキのせいにされた。


まあね、アスペのこだわりとかいうやつは、確かに今回酷いと思う。

だって美しくないもん。

皆に互助会の参加を!と呼び掛けた本人も含めてバトンタッチしないのが三人。

互助会にしがみついてるように見えて。

好き勝手に互助会を回しそうで嫌になる。


これは私のこだわりなんだよな。

そうしろと言われたから素直に従った自分。

別に理事で残りたい訳じゃないし、ただ、自分が思っていたようにならないのが嫌なんだよ。

どうもこれらしい。

自閉系の「予定が乱れたらパニック」ってやつは。


そして自分の美意識を人に求めている。

そしてその人たちは尤もらしい理由をつけて自分たちを正当化して互助会役員を続ける。美しくない…。何とも不誠実だ…。自分を振り返ったりしないのだろうか。自分はエライ!皆が嫌がる仕事をしている!とでも思うのかな?


ここらへんが他人を自分の定義に合わせようとする、というところなんだろう。確かにね。普通の人とは違う困った奴だ、私は。


「自分がされて嫌なことであっても損得を考えて一番都合の良い状態を選ぶというのは高度なテクニックで、あなたには難しいと思います」


と更に言われる。確かに損をしても都合が悪くなっても嫌なことは嫌な自分は、程度が低いと言われても仕方がない。

と、頭を抱えながら思った。




でも、互助会の話を自分の前でしないで欲しいということや、私がいるフロアでやらないで欲しいという運動はやっても大丈夫。それくらい自分が傷付いたというアピールは許されると言われた。

横暴かも知れないと思っていたから主治医が肯定してくれて安心した。





また、クリニックのHPで「広汎性発達障害ASDADHDとLDを含めた名称」と説明されていることに対し、他の多くでは「広汎性発達障害はいわゆる自閉系の古い名称」だと書かれているのと齟齬があるのは何故か訊いてみたところ、

明確な答えが反応良く返ってきた。


主治医もこれを書いた2年前は少し悩んだそうだ。

広汎性発達障害とは、ひと昔前は=発達障害くらいの定義だったらしい。それほどADHDのことが知られてなかった(というか重要視されていなかった)ということで差別化する必要があまりなかったようだった。


同じクリニックで同じ支援プログラムを受けた学生は、自立支援の主たる病名に「自閉症スペクトラム」と書かれているのに、私は「広汎性発達障害」と書かれているのが謎だったのだが、これで明らかになった。彼女はASDだけ、私はASD に加えADHDという病名を示唆されていたのか。


障害年金を貰うためには書類上のテクニックが必要ですから」


手帳も年金も貰ってないから!!!!ホンマしっかりしてくれや!!

ただの愚痴の吐き出し

互助会の話


うちの会社は部署が

営業

編集

総務

事業1

事業2

とあって、部署ごとの意見をまとめたり、それぞれの部署で差が出ないように互助会の理事を1人ずつ選出している。


私の部署は2人(+育休中の先輩)しかおらず、昨年は私が引き受けたのだった。


改選時期、総務の先輩から各理事にメールが入った。

内容は、互助会を各社員に平等に周知したいので他の人に譲るのが望ましいということだった。


別に互助会の理事をして良いことなどはない。

意見の強い人間に流されたり、5人という少ない人数のくせして過半数の人間が強いという、社会を凝縮したような仕組みに落ち着かなさを感じるだけだ。


「学校」に似ている。

昨今はリア充とでも言うのだろうか。

生徒会に入ったり、文化祭でクラスの出し物を頑張る、そんな人間の集まりだと思っていた。

何でも一人でやる私とは違う。

いつも一人だと、一人じゃないと落ち着かなくなるのだ。

たった数人の話し合いですら、納得いかないことに噛み付いてしまう。




後輩は1年前に入ってきたのだが、鬱傾向にあって疲れやすい。しかし、楽しいことが大好きだ。仕事より遊びを優先する程だ。そして後輩の状態は安定していない。


でも、そんなことを言われたら2人しかいない私達の部署の理事は必然的に後輩に頼むことになる。


引き継ぎの際、5人中3人が続投するということを知り、ぽかんとし、更に怒りが湧いた。


下に頼む人がいないということだった。

一年未満の人しかいないとか、先輩にバトンタッチするのは気が重いとか。

そういう理由に正当性があるとするなら社員の多くのメンバーに互助会に入って欲しいという最初の連絡は、すごくいい加減なものだと思った。


編集の後輩からは互助会の話などされていないことを聞かされた。しかも今まで監査がいなかったからといって総務はフルメンバー。


風通しが悪い。

何のための互助会なんだろう?


営業のお局さんと難しい私を追い出して、気の合うメンバーで互助会を回したいのかもな、と思わなくもなかった。


流石にそれは無いだろうが、そういうことを実際にやられてきた嫌われ者なので、すぐにそういう考えが頭に浮かぶ。というか、そう感じてしまうのもこの流れだと仕方がない気がする。



続投組の3人の精神力、強いなあ。

私は譲れと言われたらそれが正しいんだな、譲らなければならないんだなと思ってしまったよ。


うちの部署の後輩も、1回目の集会後、

結局、新人は分からないままなので意見など言えない

と言っていた。後輩が巻き込まれないように、疲れないようにしなければ。


また、うちのフロアで私だけが互助会のメンバーではない。私の前で私のことを何にも気にせずに互助会のやりとりをして笑い合うんだろうなあと思うと、これから忘年会も社員旅行も参加したくないし、そもそも心が苦しくなる互助会に入っている必要はない。


会社を辞める?

丁度先輩が帰ってくるから能力の低い私など要らなくなる。

でも能力が低いからどこでもやっていけない。

手帳を取って障害者枠で仕事を見つける?

給料がこれ以上低くなるのはいけない。

一緒に働く連中がアレができないコレができないと言うのを毎日聞くのも最悪。

一昨日は一念発起して吉本に行くのもアリかと思った。


何が私や周囲にとって一番良いのか。

過敏反応

発達かどうかは置いておいて、

人のことに敏感、いや、過敏に反応してしまう。

人の顔色、声色、言動、全てを自分を傷付けるものか、そうでないかに結びつけてしまう。多くの人がそうだろう。

ただし、それが行き過ぎたり、態度に出たりする。


何も思っていない、考えていない人たちを傷付けるし、そういう人たちにケッタイな目で見られてしまう。


元々、私の態度も良くないので、周りの人が悪い訳ではない。


疲れるなあ。仕事だけしていたい。

先週の診察

ここ最近、毎日経理の勉強?をしている。


事務仕事の一つとして簡単な経理作業をしなくてはいけないのだが、2012年から同じ作業をしているのにも関わらず、覚えられない。

売掛金とは?のレベル。


なので前任者に頂いた経理について簡単に説明している本を読もうと日々頑張っている。


しかしだ。


全く分からん。


興味が無い訳じゃ無い。と、思う。

分かりたいと思わない訳じゃない。理解したい。


自分は集中力が本当に無いと思うし、理解力が無い。

こんなにバカだったっけ?あれ?

ちょっと笑えるレベルで分からん。


メガネを掛けているからか、表情に欠けているからなのか、頭が良さそうとか、数学が出来そうな顔と言われることがよくある。


実はそうでもない。


可愛い顔は例え性格が可愛くなくても見た目の可愛いさに嘘はない。

綺麗な顔だって腹黒かろうが不潔だろうが、美しさに偽りはない。

しかしよ、

頭が良さそうな顔、数学が出来そうな顔というのは具体的な表現だけに、バカですみません!見掛け倒しで申し訳ございません!と謝りたくなる。




話が逸れた。

つまり、毎日4時間くらいしか眠れていないから眠すぎるということ。


経理本読まないとな→眠いし集中できないから寝ようかな→寝るには強迫作業しないとな→面倒くさいな、じゃあ経理本読もうかな→…ね…む…い…………→深夜3時→あ、経理本読まないとな…→ね…む…い…→朝5時→やべえ!と思いつつ歯磨き→強迫活動→朝6時布団へ→7時50分起床→しんどい……→リポビタンD&コンサータのおかげで元気もりもり!働こう!


この毎日はキツイ。


という訳で、最近全く書き込めていないブログである。




それを踏まえて、先週の診察の備忘録を少々。


手紙を読んだ主治医。

「あなたは文章の中で、どれだけ自分が発達障害であるかを書いているように思う。本当は発達障害であることを分かっているように見えるのに発達障害であることを否定する」

発達障害者であることを認めているのに、発達障害者と呼ばれるのが嫌でそれを認めない」


だって。違うっつーの!

「違います。発達障害であることを認めたいのに周囲からそれを否定されるので信じられないし、認められないんです」


主治医

「周囲の人は建前で発達障害に見えないと言っているのに、それを真に受けてしまう。額面通りに受け止めるASDの特徴です」


待て待て待てーい


発達障害者達が利用している県の無料施設においても、発達障害当事者の人にコソコソと「あの人はスタッフですか?」と訊かれているのが聞こえてくる。スタッフの人からも「冷蔵庫の麦茶飲んで良いですか?」「コピー機どこですか?」と、スタッフに間違えられる。


・当事者から支援者に間違えられる。


・会社の先輩など、私を発達障害者に見えない、そんなものは誰にだってある、などと言ってくる人たちの多くは、裏表が全くない。


と言うと、

「自分(主治医)には、あなたの発達障害を否定する人たちなんて関係ない。そんなのはどうでも良いことです」


「プロの言うことをいつまで経っても信じない。周囲の人間の言っていることを同じように捉える。普通はプロの言うことを信じる。同等に考えてしまうのはASDの特徴です」



「先生には私が障害者に見えますか?」


「障害者という言葉に囚われすぎです。あなたには傾向があるのだから〜←何と言っていたか忘れた」


「傾向?やっぱり傾向があるだけなんですか?」

「言葉の綾です!言葉へのこだわりが酷い。傾向があるというのはスペクトラム上ではよく使われることです」


「最近ではASDという名前になって特性が薄くても濃くても同じ診断名になっていますが、以前の診断基準では、私はグレーになるんですか?アスペルガーになるんですか?」


「あなたは完全にアスペルガーです」



「はい。分かりました」


という内容(あまり覚えてないのでテキトー)。



その後、会計をする際、同い年の福祉士さん?(かよく分からない)がいたので、

「〇〇さんから見て私は発達障害者であることが嫌で、発達障害を受け入れられない人に見えていますか?」

と訊いたところ、彼女は快活に

「うん!そうじゃないの?」

と答えてくれた。


「違いますよ!私は発達障害者であることを周りから否定されるから上手く受容できない人間ですよ」


「えっ!そうだったんだ。表現が独特だから分かりにくい」


病院のプログラムに参加した時、彼女もスタッフとして参加してくれていたのだが、


「私は、発達障害者の人たちの多くは、発達障害者ってこうだよねー!キャー!私も私もー!だよねー!というようなミーハーな連中だと思っているので、今まで頑張って努力して生きてきた自分がそんな連中と同じなのは嫌です」


「まあ、ミーハーな人達も確かにいるよね。でも、あなたは独特だと思うよ。独特組」



独特組だって。なるほどね。

しかし、サードオピニオン先の東京の大学病院でも、「発達障害だと周囲に認めて貰えないのがしんどくて、発達障害者寄りの演技をしているように思える。だからその辺りも含めてきちんと診断をして貰いたい」と伝えている筈なのだが、

「あなたがどれだけ発達障害者になりたくなかろうと、結果は変わらないと思いますが、それでも検査入院しますか?」

と医師に言われたので、きちんと言葉にして話している筈なのに人は受け取ってくれていないことが分かった。

少しは額面通りに受け止めてくれないものか。

先週木曜日の診察

先週、木曜日は診察だったのだが、その日の内に備忘録を書きたいのに強迫のせいでその辺で寝落ちてしまうので中々書けなかった。

 

 

なので思い出しながら簡単に書き出す。

 

 

自分はどうして睡眠薬を貰っているのだっけ?

睡眠薬を貰ったきっかけは、昨年5月に仕事が忙しくなってしまって、パニック自傷発作が多発し出して救急で連れて行かれた精神科医療センターの医師に貰ったのだったが、確かに、死にたくなったら30分後に効くエビリファイの頓服より、睡眠薬の方が鎮静作用がある。

自分的にはそう思って、睡眠薬を強請っていたのだが、

自立支援の診断書に新たに追加されている自分の症状について「不眠」と書かれていた。

不眠?

いや、常に眠いが…。

 

眠たくて仕方がないのに強迫活動をする力がないので、先延ばしにしてしまって起きてるだけなんだよ、

私、不眠じゃないですけど、と伝えたところ

「えっそうだっけ」

おお‥‥、そうなんだよ

「自立支援の診断書は審査が受け入れられ易いように重い時の症状を書くようにしてるからね、テクニックだよ」

「最初の頃の一番症状が重かったときの」

一枚目の診断書のコピーを内緒で持っているけども、不眠て書かれてないし。



最近、強迫のせいでしっかり眠れていなくて本当に困っているので、強迫の治療は出来ないのか再度の確認をした。昔、主治医から

ASDと併発している強迫性障害は、単独の強迫性障害とは治療法が違うので、慎重にしなければならない」

というような内容を言われたことがある。ふむ、なるほどと思って放っておいたのだが…。


「そんなことありませんよ、そんなこと言いましたっけ?治療法は一緒ですし、ASDと併発している方が簡単に治ります」


…は?

私の勘違いとでも?


HPは誤字が多い上、論理的展開の見当たらない文章力で、あまつさえ「広汎性発達障害ASDADHDとLDの総称」だと書かれている。


私が理解している内容と全く違う説明で、逆に信じそうなくらいだ。


 

 

 

また、自分は本当は知的障害があるのではなかろうかと質問してみた。

ギターのことも日常生活のことも、人より記憶力も理解力もない。

すると久しぶりに医者らしい診察内容だった。

 

昔やった知能検査をpcから引っぱり出して、初めて解説をしてくれたのだ!



…おせーよ!



「あなたのグラフは興味深いんです」

「言語と動作が数字としてはまるっきり同じなのに、群指数をみたら凹凸、すごく特徴的です」

 

「知識が高いので、努力家というのが分かります。それに比べて類似と理解が低い。また、ワーキングメモリーが他に比べて低いので、記憶力も悪いです」


色んな人に頭の回転が速いだの、理解力があるだの、記憶力が良いだの褒めてきて貰ったけど、実際の私はそうでもなかったなあ。


「全体的に能力は高いです」

それは結晶性知能の知識(努力)か押し上げただけの気がする。



今までいくら、「私の数字は発達に当てはまらないので、自分が発達であることを受け入れられない」と言っても、

「あなたは発達障害です!!」

「専門家から見たら凸凹です!!」

と言うだけだったのに。



最初からきちんと診断の理由を説明してくれていたらサードオピニオンまで引っ張ることは無かったろう。主治医が勉強不足だと感じることが増えてきた。


眠い。